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(3日目)もの書くわたしの新たな悩み

2009年12月13日 08:01

昨日は日記を書きながら寝ちゃったみたいです。てへ。というわけで昨日の分を投稿しておきます。

ブログを再び更新し始めてから、日記ってどうやって書くんだっけ、とたびたび悩んでる。
今までそんなふうに悩むことはなかったような気がする。
おんなじことが、最近じゃ、文章を書こうとするとき全般に言える。
国語の模試の記述問題から、小論文から、台本から、詩から、チャットからなにからなにまで。
どうやって文章を書けばいいんだろう、だなんて、どうして悩むようになったんだろう。

ブログというものを更新し始めた中学生のころは、衝動に任せてどこまでも書けた。
書かなければ、この気持ちを誰かに伝えなければ、どうしようもなかったから。
その衝動を生むのはだいたい、大雑把に分けると、耐えがたき苦痛か、とても大きな感動かのどちらかだった。
高校生になった今、そうやって衝動に駆られることがあるだろうか、と考えると、ほとんどない。
地下鉄のホームに飛び降りたくなるほど苦痛を感じることも、生きてて良かったと思えるほどの感動に出会うことも、なくなってしまったわけじゃないのに。
ただ、中学生のころの、あのギリギリな、切実な衝動だけがなくなってしまったみたいだ。
そのことはわたしをとってもさびしくさせる。
自分が空っぽになってしまったような気持ちになる。
けれども、そのさびしさはもう、わたしを急に耐えがたき苦痛に追い込むものではなく、むしろひどく薄い焦燥感と絶望感にひたすようなもので、「書かなければ」なんて思う必要はなくなってしまったようだ。

どうやって文章を書けばいいんだろう、だなんて悩むのは、いま、わたしにとって文章を書く目的が切り替わりつつあるからなのだと思いたい。
勢いに任せてひたすら殴り書くような書き方は、もはやそぐわない。
どうしても誰かに伝えなければあたしもうじき駄目になる、なんていうんじゃないのだし。
文章を書くことで、かめうさあかりの世界観を、憧憬を文章の中で実現し、あわよくばそれが誰かを楽しませられればいい、それがたぶんいまの目的だから、きっとそのための書き方が別にある。わたしはそれを探している最中なのかも。
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コメント

  1. ゾウ | URL | i/V0z7Do

    自然。

    文章や詩を書く意味を問い、その意欲を問い、疑問に思う事‥。

    あなたが人間である事を証明している訳で、非常に
    素晴らしい悩みだと僕には思えます。

    あなた自身は気づいていないかも知れませんが、例えば今回の記事。
    記事の価値は上がっていると思います。

    どう書くか?という事など足元にも及ばない内容を書いている。
    つまり僕が言うなら、テーマに価値を感じるのです。


    > わたしにとって文章を書く目的が
    > 切り替わりつつあるからなのだと思いたい。


    僕もそのお言葉に、同感です。
    切り替わる‥そういう時期なのかも知れませんね。

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